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村上かつらブログ

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わたしたちに許された特別な時間の終わり

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デビュー当時から、
ずっとお世話になっていたアシスタントさんが、
今年の5月、関西の実家に帰って行った。



出会った頃、彼女もわたしもまだ学生だった。
彼女がいなかったら、
初めての週刊連載は、成立していなかったと思う。



彼女の描く絵が大好きで、
ある時期、その才能を丸々お借りしていた。
頭が下がる。



その彼女から、「漫画をやめます」、という言葉を聞いた日、
はじめて、自分の歳を、知った。
時間は確実に流れていた。





神楽坂で・石神井公園で・日比谷で、
3回お別れ会をして、
彼女を送り出した数日後、初代担当Kさんと飲んだ。
15年前の秋、彼女を連れて来てくれたのはKさんだった。



今でも、「○ちゃんは元気?」と気に掛けてくれるので、
「・・・実は、○ちゃん、関西に戻ったんですよ。」と伝えた。



Kさんは大ベテラン編集だ(いつの間に!)。
きっと、他の先生のお仕事場で、何度も見て来た光景なのだろう、
すこしの間があって、ぽつりと、



「うん、志望者にもね、世代交代があるんだよ。」と言った。



■ ■ ■



6月、映画「わたしたちに許された特別な時間の終わり」の
試写に呼んでいただいた。



たまたま、わたしが雑用係をしていたイベントに、
この映画のプロモーションをしているKくんが来てくれてご縁を得たのだが、
Kくんは、世にも希少な(!)、拙著「CUE」を読んでくれていた人
だったことが判明して、驚いた。



(余談だが、2010年代の今になって、
 「CUEが好きでした」「CUE以外は読んでないんですが・・・」
 という人に会う機会がたびたびあって、びっくりすると同時に
 「その言葉、10年まえに聞きたかったよー!」と思う。)




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ミュージシャンを志していた増田壮太さん。



17歳の時、YAMAHAが主催する10代のためのバンドコンテストで優勝、
副賞として、CDの全国リリースを果たした増田さんは、
同年代の中でも別格の存在だった。



監督・太田信吾さんが高校に入学したときには、既に、
増田さんはデビューして高校を退学していたが、
時折、教室やグラウンドに現れては、ゲリラライブを敢行することがあり、
それを目の当たりにした太田さんは、その迫力に打ちのめされる。
( ↑ 打ちのめされる側でいいから、こんな思い出欲しかった!)



いつか友達になって直接話す機会が欲しいなと思いつつ、
5年の年月が流れた。



2007年、増田さんのライブで、二人は再会(?)する。
大学で映画を撮り始めていた太田さんが、人を介して、
増田さんのライブの映像記録を担当することになったのだ。



高校の軽音楽部の後輩で、かつて増田さんに憧れていた一人でもあった富永蔵人くんを交え、
(この蔵人くんのキャラクターがとてもいい!)
彼らの音楽活動・・・迷いながらも前に進もうとする姿を、太田さんは追い続ける。




■ ■ ■




「初期衝動が終わったあと、さて、人生をどうする?」
というテーマで描き始めたのが、前述の「CUE」だった。
(結果的に、この漫画は見事に行き詰まった!)




高校を卒業(中退)してから、
どうにか音楽で生きていけないか、を模索し続けた
増田さんと、相方の蔵人くんも、やがて岐路に立たされる。
特別な時間は終わろうとしていた。


「実家か?/一人暮らしか?」「都会か?/田舎か?」
自分を追い込むために、場所を変え、環境を変え、あらゆる方法を試す二人。


蔵人くんはとうとう、バイクに乗って、身ひとつで過疎の村へと移住する。
1年間の期限付きで、この村で、友達とも会わずに音楽修行をする決心をした。




歌うための、次の「理由」を、必死で模索する姿は、
ちゃんと大人になることができた人から見たら、
理解できないかもしれない。
本末転倒だと思われるかもしれない。


わざわざ理由を見つけなければ続けられないようなことは、
悲しいけれど、あんまし向いていないことなのだ。


そのことに先に気づいた蔵人くんの、
天才はこんなに苦しまない、が胸に刺さった。




蔵人くんが、流されつつも流れに沿って、向こう岸にたどりついた人なら、
増田くんは「やり方を変えない」という選択肢を積極的に選んだ人だ。


「CUE」で描きたかったこと、
あの頃の自分には結局うまく描けなかったことは、
この映画がすべて、もっと深く・力強く・生々しく抉り出していた。



■ ■ ■



商業漫画の連載というのは、少なからず、
若い人(アシスタント)の「特別な時間」を借りて
成り立っているところがある。



昔、一晩中仕事場を開放していたころ、
まだ20代前半だった、当時のアシスタントさんたちが
(学生をしながら通ってくれている人もいた)、
じゃれあいながら、徹夜で、
漫画論を交わしているのを聞くのが好きだった。



すでに商業誌デビューしている子もいたし、
まだデビューしていない子もいた。
けれども、そんなことは関係なかった。



「デビューしていてもいいし、していなくてもいい。」



どちらでもいいのだ。
どちらでも、いいのだ。



それが、人が何かしらを成し得るために与えられた、
「許された特別な時間」だ。



もちろん、これは、その希少な時間を使い果たした大人が思うことで、
本人達は、「許されている」なんて微塵も思わず、
焦りや嫉妬と戦い、苦しみながら、それぞれの夢と向き合っていたと思う。



それでも、それを脇で見ながら、
とっくに、「許されない」年代にさしかかっていたわたしは、
彼女達がじゃれあっているのが、眩しくて、うらやましくて、しょうがなかった。
デビューした子にも、していない子にも、
等しく、無限の可能性が広がっていた。



  漫画を離れ、今はまったく別の仕事を頑張っているあの子、

  バリバリ第一線で、連載を続けているあの子、

  そして、デビューからずっと助けてくれた○ちゃん。



みんなの、二度と還らぬ「特別な時間」で、
わたしの漫画はできている。


そのことにあらためて、気づかされた。



■ ■ ■



「わたしたちに許された特別な時間の終わり」

8月16日よりポレポレ東中野ほかで順次公開
http://watayuru.com




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  1. 2014/08/18(月) 10:49:56|
  2. 映画・展覧会
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