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村上かつらブログ

ベルトの風車をまわして

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石ノ森先生の生原稿を拝むべく、
日本橋三越、「仮面ライダー展」へ。



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大先生の生原稿は・・・見るだけで、2%くらい、絵が上手くなる。



「見るだけで??」と、思われるかもしれないが、
ほんとにそう思う。



ガラスケースの中の原画、
線の一本一本、
ホワイトの盛り具合まで、
目に焼き付ける
脳みそに教える



「自分が知っている上手い絵」の、
上限を上げてやることで、自分も変化するのだ。



もちろん、それは、
(わたしの絵をみていただければわかるとおり)、
劇的な変化にはほど遠い。



けれども、
大先生の生原稿を見てしまったからには、
その筆致を知ってしまったからには、

「この下絵は・・・しょうがない、描き直すかー。」

と、少しだけ自分の絵に厳しくなれる(気がする)。





石ノ森先生の原画も、
息をのむほどの精彩な筆致。

なんというか、そこに正義が宿っていた。



当然ながら、写真撮影は禁止されているし、
その迫力は、とうていデジカメなんかで持ち帰れるものではない。
(図録でさえ、それは再現できない)


涙が出た。




■ ■ ■ ■ ■




もうひとつの見所は、
一番最後に展示されている
「MY仮面ライダー」というコーナー。


「多彩なクリエーターの皆さんが、仮面ライダーシリーズへの思いを
 一枚の色紙に書いて下さいました」(図録より)


とにかく豪華な顔ぶれで
なかなかその場を離れ難かった。


やなせたかし先生や、一峰大二先生、安彦良和先生など、
ご自身もヒーローを描かれる先生方が、
ご自身のキャラとライダー共演をさせているイラスト(貴重!)、

また、
ヒロモト森一先生の、親子2代のイラスト競演や
(ヒロモト先生は1号ライダーを、息子さんはオーズを)、
篠原保先生の、「6歳の頃に描いた仮面ライダー」と、
それを「現在のフォーマットで描き直してみた」ライダーなどは
40周年という重み、
仮面ライダーだからこそ実現した、奇跡のコラボレーションに感動した。


何年か前の、「高橋留美子展」のときも、やはり、
クリエイターによる、「それぞれのラムちゃんを描く」的なコーナーがあり、
「好きな人(漫画家)が、好きな人(留美子先生キャラ)を描いている!!!」
というミラクルに、テンション上がったなあ。




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図録   

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さすがに、絵はのっけられないですが、目次だけ。


■ ■ ■ ■ ■


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仮面ライダーといえば、今も忘れられない言葉がある。



漫画で食べていこうと決めて、
異動のタイミングで、会社に辞表を出した。
もう10年近く前のことだ。


いよいよ辞める日が来て、
送別会に、別の会社の先輩方も集まってくれた。



「知らなかったよ!お前が漫画を描いていたなんて!」



わたしは大学時代に漫画家デビューして、
スピリッツ誌で仕事をさせてもらっていたのだけど、
周りの影響で就職活動をしてしまい、卒業後はふつうに就職した。
子供の頃から憧れていた職業だった。



学生時代に漫画を描いていたことは、なんだか恥ずかしくて、会社では積極的に話さなかった。
(世間の人は、漫画家=絵が上手い、と思っているので、
 人前で似顔絵なんかを描かされたらたまらん、と思ったのだ。)



その送別会の席で、普段は厳しい先輩が、こう言った。



「俺たちは、こんな中年になっても、まだ、
 もしかしたら俺は、変身できるんじゃないかって、
 明日、全然別の自分になれるんじゃないかって、思ってるわけよ。
 ベルトの風車が回るのを、今か今かと、待ってるんだよ。


 お前が会社を辞めて、しかも、漫画家になるって聞いて、びっくりしたよ。


 お前はさ、ベルトの風車を回したんだよ。

 それはそれだけで、俺らからみたら、かっこいいことなんだよ。」




会社を辞めたとはいえ、連載が確約されていたわけでもなんでもない。
明日からは、堂々の「無職」の身の上。ぜんぜんかっこよくはない。



ただ、「ベルトの風車」という言い回しは、なんだか好きだなあ、と思い、
その言葉は、なんの勝算もなく会社を飛び出したわたしへの、唯一のはなむけとして、
いつまでも印象深く心に残っていた。




■ ■ ■ ■ ■ 



あれから10年が過ぎて、
当時「すごいな」と思っていた先輩方の年齢に近づいてきた。



あの頃わたしは、若く、失うものがなかったから、
「会社を辞める」ということがどういうことか、わかっていなかった。



「会社を辞める」と宣言した人に対する、一瞬、「おお!」という気持ち。



けれども、「おお!」と思ったからと言って、それに続きたいかといえば、違う。
うらやましいけど、うらやましくない。
だけどやっぱり、その一瞬だけ、「おお!」と思う。「やられた!」と思う。

その絶妙な気持ちが、今はよくわかる。歳とった。





確かにわたしは、ベルトの風車を回した。



けれどもそれは、瞬間最大風速、みたいなもので、
この10年の成果を振り返ってみると、
「会社にいたはずの自分」に、トータルで負けてるんじゃないかなと時々思う。



「変身」したからには、戦わねばならない。
有給などはない、わが身ひとつの、丸腰の戦い。
人知れず「変身解除」する時が来るその日まで。
テレビのヒーローは最後に勝つけれど、
現実は、畳の上で死ねる保証さえない。



それでも、「変身」という言葉には、
人を惹きつけてやまないロマンがあるから、厄介だ(笑。



■ ■ ■ ■ ■ 



昨日までの自分を捨てて、明日、生まれ変わる。
いったい人生で何度、ベルトの風車を回せるだろう。



朝、目が覚めたら、突然、絵がめっちゃうまくなってて、
担当のH川さんがひっくり返るんじゃないか。



なんてことを、性懲りもなく、いまだ夢見てしまうのだ。



■ ■ ■ ■ ■ 



そんなわけで、石ノ森先生の生原稿のオーラを浴びに来た。



生きていくこと自体が、小さな更新の積み重ねなのだから、
どうせなら、いい方へと変わりたい。



そりゃあ、
ベルトの風車が回り出して、火花がスパークして、
華麗に変身ポーズを決められたらかっこいいけれど。




500円玉が、貯金箱の中でひっそり満期を迎えて、10万円に化ける。
そういう「変身」もアリだ、と思う今日このごろなのだ。












【以下、撮影可能エリアで撮った、ヒーロー写真集です】


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  1. 2011/05/08(日) 17:35:45|
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